大判例

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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)1073号・昭39年(ネ)947号 判決

一、控訴人寺内喜一は、本件櫟の伐採木が本件現場附近の小径上に倒れ落ちることを当初から予定し、従つて当然そのように倒れることを予想していたのであるところ、当時右伐採地点から小径にかけては笹や潅木で殆んど見透しが利かない状況下にあつたのであるから、かかる場合同控訴人としては、たとい前記小径が雑木林内の小径で、あまり人通りのないものであつたにもせよ、いつ何時その小径を人が通るかも知れず、殊に田舎の農家の子供などは随時人気の少ない山野・水辺で遊ぶこともあるのであるから、どんな時に不意に伐採現場に現われるかも知れないことも併せ考えれば、控訴人らとしては立木伐採の際には、不慮の事故発生の事態に対処するため、あるいは当該伐採木の倒れる予定地点附近に見張りを置くか、少くとも伐倒の直前には大声を出して附近を通るかも知れない者の注意を喚起する等万金の措置を講ずべき注意義務があるものというべきである。

二、被控訴人小林茂義は被害者小林酉子の生命保険金受領のためその死亡診断書一通の交付を受け、そのために金百円を支出していることが認められるが、右は本件事故に基く通常損害とはいえないし、控訴人らにおいて右支出を予見し、または予見し得べかりしものと認むべき証拠はないから、特別損害としてはこれを控訴人から賠償を求め得ないものといわなければならない。

三、控訴人らは、被控訴人らの側においても当時漸く五才になつたに過ぎない前記被害者小林酉子を危険な場所に放任して顧みなかつたのは、その保護監督上の過失がある旨主張するが、原審並びに当審における検証の結果と原審における被控訴本人小林茂義および同小林タネの各尋問の結果に弁論の全趣旨を併せ考えれば、被控訴人らの居住する足利市寺岡町は旧富田村に属する戸数約二十五戸のいわゆる農村地帯であつて、車馬の交通も頻繁ではなく、附近を流れる旗川の流域その他にも格別危険な場所はなく、本件現場附近の旗川河原にしても通常は附近の子供らの遊び場となつていたものであり、これに加えて、被控訴人方においては、本件事故当日被害者小林酉子が右旗川附近に遊びに行くについては、これが監護のため、長女たる小林真理子(当時十二才)を同伴させていたことが認められる。このように交通も頻繁でなく、又危険地帯の少い農村の部落においては、農家の子供達が日常野原や川辺で遊ぶ際、これに義務教育を終了し、農業その他の労働に従事しうるような者を監護のために附添わせることは通常その必要もないし、また一般に期待できないことであるから、本件被害者小林酉子に十二才の姉を同伴させただけでこれを遊びに出したからといつて、これをもつて直ちに被控訴人らにおいて右被害者の監護、監督に欠けるものがあつたと見るのは相当ではない。

(奥野 野本 直船)

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